Kの所感

管理人ケンヤの色々なことに関する所感を綴っていくブログです

スマホとPCの境界は無くなっていく、と思ったが(1:iPhoneの衝撃と停滞)

昔iPhoneを始めて手にした時に、将来はデスクトップPCとこれが同じになるのだろうな、と思った覚えがあります。

 

まあそこから大分立ちますが未だになっていないのを見ると、予想は完全に外れていたわけで。

最近はスマホはともかくPCの最先端事情なんかにも疎くなったのでどれだけ地に足がついている予想なのか、荒唐無稽なのかがさっぱりわからなくなってしまいました。

が、これも何かのきっかけですので、昔こう進化すると思っていた、という近未来妄想を書いてみようと思います。

といっても長くなりそうなので、とりあえず今日はiPhoneとの出会いについて。

iPhoneの衝撃

まず最初に書くと、iPhoneは話には聞いていましたが、実際に自分のものとして触ってみて驚いたのを覚えています。

正直、性能という意味では画面も小さいし、個人的には満足しきるものではありませんでした。

が、それでもこれほど小さい端末にこれほどの性能を持たせることができるのか、と驚いたのを覚えています。

 

何に驚いたかというと、グラフィックでした。ここまできたのか、という意味で。

 

全面タッチスクリーンはそのうち出るだろうなとは思っていたので「予想よりも早かったな」とは思いましたが、衝撃ではありませんでした。

AppStoreについても、ソフトを指すわけにはいかないだろうからパソコンのフリーウェアやシェアウェアのように、ネット経由で手に入れてインストールするというのも、発想としてはそれほどの驚きはありませんでした。いやまあ、実際に作ることができたという意味では事情を知っている者ほど驚きだったのかもしれませんが、私は当時そこまで深く考えていなかったので。

音についても、そもそも私に音楽を聴く趣味が無かった上に、電池消費を避けるために無音にしていたので、音質も評価しようがありませんでした。

カメラの性能についても、そもそもいまだにインスタをまともに使っていないくらいで、興味の範囲外でした。

 

そんな、ある意味ではまともに評価できていない私でもわかりやすく衝撃をうけたのがグラフィックでした。

それまで使っていたのがガラケーとくらべて、Retinaディスプレイではドットが視認できない、という意味でも衝撃ではありませいた。

しかしそれよりも「このレベルのグラフィックを普通に携帯で実現できるのか」というのが驚きでした。

 

例えば、ゲーム機はストップウォッチ、ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションと新しいものが出るに連れて、グラフィックもどんどんと進化していきました。

では初代プレイステーションが出た時期よりも後に出たガラケーのグラフィックが、古い筈のプレイステーションに買っていたかというと、勿論そうではありませんでした。

一言で言って仕舞えば技術とコストの問題であり、大きさ、電池容量、演算能力などなど、携帯端末に持たせるには色々と厳しかっただろうというのあ分かります。

この感覚についてもう少し言うと、「技術的にはこのグラフィックレベルにまで消費者が手にするレベルに来ている」しかし「携帯端末に落とし込めるところにまでは来ていない」となります。

 

で、その綺麗なグラフィックが携帯端末にまで落とし込めたのだというのがハッキリと気付かされたのが私にとってはこのiPhoneとの出会いだった、という事になります。

実際に使ってみて足りないと思ったこと

グラフィックという見た目の話はおいておいて、実際に使ってみると足りないなと思うものがありました。

それが通信量/速度と、バッテリー容量でした。

 

通信量/速度についてですが、それまで使っていた通信回線ではiPhoneにはそぐわないと思いました。

ガラケーにおけるiモードは、iモード専用ページだったりを用意したりして、通信量が少なくてもなんとかできるよう工夫していました。これは「当初のファミコンだとカタカナが全て使えなかったので、アイテム名を変更したりの工夫をした」みたいな試行錯誤と同レベルだなと思いました。

なのでiモードのグラフィックが多少チープでも「まだ携帯レベルには無理なんだ」という納得がありました。

が、iPhoneだとデスクトップPCと同等かそれ以上のグラフィックが表現できる、できてしまうのです。

だとすれば通信量のせいでチープな画面しか出せないというのは、iPhoneの性能を全く活かせないことにつながります。

Wifiなら使えるかもしれませんが、それは場所が制限されることにも繋がり、折角の携帯端末でそれはとても勿体無いことだな、と。

まあこれについては、今日では5Gがどうとかコストがどうだとか色々な話もありますし、企業努力でなんとかしてほしいなと思っている次第です。

 

もう一つのネックはバッテリーでした。こちらは通信量とは違って、今日でも改善できていません。

いえ、改善はされているのでしょう。しかしスマホが高機能化していった結果、使用される電力も増えていき、よって劇的な改善を実感できていないというのが実情です。

例えばグラフィックがiPhoneなら綺麗になったとか、通信が3Gから4Gになった、5Gになった、というのはハッキリと劇的な変化がわかります。

しかしバッテリーについては「毎日充電要だったのが、一週間、一ヶ月に延びた!」とかにならないので、実感がしづらいと思っています。

多少増えたところで「GPSを ONにする」とかの設定を変えるだけであっという間に消費量の変化により増量分など実感ができなくなります。

もしバッテリーが劇的に向上したら、携帯端末の使われ方にも革命が起きるのかなとぼんやり思っているのですが、少なくとも今は無理ですね。

予備バッテリーを持ち歩けば多少は持つのですが、それこそ携帯端末のバッテリーでは不十分だから苦肉の策として持ち歩く必要がでてきてしまったというだけで、携帯で完結できていない時点で敗北な気がします。

進化が止まっているなーと

iPhoneというハードには前の章で書いたようなネックがあるなーとは思っているのですが、これはまあそのうち改善してくれれば嬉しいな、くらいになっています。

が、それよりも残念だと思っているのは「進化」が止まっている事です。

 

ネックだと書いた通信やバッテリーについては、改善されれば「進歩」だとは思います。

しかしそれはシステム的な変化でなく、劇的な変化をもたらさないであろうことから、「進化」ができていないな、と思うわけです。

 

正直この原因はハッキリしていて「スティーブ・ジョブスの死」だと思っています。

彼が生きている間はiPhoneの登場もそうなのですが、iPad、iCloud、ライトニングケーブル、OSの相似性といった仕組みが一点に収束し進化に結びつくように見えました。

しかしいまや、そこらへんはすでにとっ散らかってしまっています。

iPadは「大きいiPhone」の域をほぼ越えられず、iCloudは「便利なバックアップストレージ」程度、ライトニングケーブルは廃止されるのではないか、とされています。

(OSも中途半端だなぁと思ってはいるのですが、こう言っておいてなんですが、ここ数年はMacOSがどう変わったかは追いきれていないので、そこはあまり言及しないでおきます)

 

では偉そうに進化とか近未来とか書いていますが、まあ最初に書いた通りその予想は少なくとも現時点では外れていたと言わざるを得ないわけで。

それについては次回記載としようと思います。